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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)9847号 判決

主文

一  別紙物件目録二記載の土地についての土地収用法一〇六条の買受代金は金三八三五万一〇〇〇円であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

事実

一  原告の求める判決

別紙物件目録二記載の土地についての土地収用法一〇六条の買受代金は金五一二〇万四七四五円であることを確認する。

二  原告主張の請求原因

1  被告はもと別紙物件目録一記載の土地(以下「本件一の土地」という。)を所有していた。

2  大阪府収用委員会は昭和四四年二月一八日、日本国有鉄道の貨物輸送力の増大を目指す東海道本線吹田操車場改良工事事業(昭和四二年三月二日事業認定告示)のため、本件一の土地を、損失補償金七四四万四八〇八円、権利取得の時期昭和四四年三月一一日として、日本国有鉄道のために権利取得裁決をした。

3  その後日本国有鉄道は、貨物輸送量が激減したため、吹田操車場を機関車の付替及び乗務員の交代等を行なう吹田信号所に組織変更した。

このような経緯で、本件一の土地のうち、別紙物件目録二記載の部分(以下「本件二の土地」という。)を含む吹田操車場改良工事用地は、国鉄改革に伴って鉄道事業用地として承継法人に承継されるべき資産としては承継計画に記載されないまま、昭和六二年三月一五日運輸大臣によって当該承継計画が認可された。

そのため被告は土地収用法一〇六条により本件二の土地につき買受権を有するに至った。

4  日本国有鉄道は昭和六二年三月二五日被告に対し、本件二の土地につき、土地収用法一〇七条の通知をした。この際、本件二の土地の価格は権利取得裁決に定めた時期に比して著しく騰貴しているとして、その買受代金を三五八〇万七五一四円に増額する旨を通知した。

5  原告は日本国有鉄道改革法に基づき昭和六二年四月一日設立され、本件二の土地を含む資産を承継した。

6  被告は昭和六二年四月一七日原告に対し、土地収用法一〇六条により、別紙物件目録三記載の土地をも含む本件一の土地全部につき買受権を行使する旨を通知し、その買受代金は収用時の補償金相当額の七四四万四八〇八円であると主張した。

これに対し原告は昭和六二年五月一二日被告に対し、主張の金額では受領できない旨を通知した。

被告は昭和六二年五月二二日大阪法務局に、七四四万四八〇八円を、本件一の土地の土地収用法一〇六条の買受代金として弁済供託したが、原告主張の増額された額は提供していない。

7  本件二の土地の時価は、昭和六二年一月二八日時点で三五八〇万七五一四円、昭和六四年一月一日時点で五一二〇万四七四五円であり、いずれの時点においても権利取得裁決において定められた権利取得の時期の時価に比して著しく騰貴している。

8  土地収用法一〇六条三項により増額されるべき土地価格は、増額訴訟の口頭弁論終結の時点における土地の価格を意味すると解されるから、その価格は本件では五一二〇万四七四五円である。その理由は次のとおりである。

ア  土地収用法一〇六条の買受権の法的性質は請求権であるから、買受の効果発生には別に原告と被告間の売買契約が必要であって、増額訴訟確定により代金額が定まるまでは売買契約が成立しない。したがって、増額すべき金額の基準時も、増額請求訴訟の事実審口頭弁論終結時である。

イ  代金増額を訴えによるべきものとしていることからすると、裁判所は事実審口頭弁論終結時における一切の事情を斟酌して買受代金額を判断できるものとみるべきである。

ウ  実質的にも、訴訟中に地価が高騰したときに、従前額の提供しかしていない旧所有者に値上がりの莫大な利益を享受させるのは不合理である。

エ  法は、買受権者の提供額と判決による増額代金額との差額につき、地代家賃増額におけるような利息損害金の支払いについての規定を置いていない。

9  よって、原告は土地収用法一〇六条三項により、本件二の土地の買受代金を本件訴訟の弁論終結時の時価である五一二〇万四七四五円への増額を請求する。

三  被告の認否と主張

1  原告は平成元年一月二四日請求の趣旨を拡張したが、この訴えの変更は時機に遅れたものであるから、却下されるべきである。

2  請求原因1ないし6は認める。

3  請求原因7は争う。

4  請求原因8は争う。

土地の価格に「著しい騰貴」があるときでも、騰貴が「著しい」に当らない程度の額にまでしか増額請求できない。

本件においては、増額は時価の五割に相当する額を超えては許されるべきではない。

吹田操車場改良工事事業は結局行なわれなかったが、これは事業の将来見通しに重大な誤りがあったからであり、このような事業のためにした本件土地収用も誤ったものであった。誤った収用を原状に復帰するのであるから、過ちを犯した起業者に値上がり利益を得させる理由はない。

理由

一  訴えの変更の許否

原告は、平成元年一月二四日、請求の趣旨を拡張して訴えの変更をしたが、これによって著しく訴訟手続を遅延させるとは解されないから、この訴えの変更は許される。

二  当事者間に争いがない事実

請求原因1ないし6の事実は当事者間に争いがない。

三  本件二の土地の価格

甲三号証(財団法人日本不動産研究所の鑑定書)によると、本件二の土地の昭和六二年一月二八日の時点における時価(所有権の完全な行使を妨げる法律上、事実上の制約が全くないとしたときの所有権価格)は、三五八〇万八〇〇〇円であることが認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

甲六号証(財団法人日本不動産研究所の回答書)によれば、本件二の土地の時価は、昭和六二年一月二八日から昭和六三年一月一日までの間には二一パーセント、昭和六二年一月二八日から昭和六四年一月一日までの間には四三パーセントの上昇があったものと認められる。この事実からすると、本件二の土地の時価は、請求原因6の弁済供託がされた昭和六二年五月二二日の時点では三八三五万一〇〇〇円であり、本件訴訟の弁論が終結された平成元年九月五日の時点では五一二〇万五〇〇〇円を下回らないと推認でき、この推認を覆すに足る証拠はない。

四  土地の価格の著しい騰貴

土地収用法一〇六条三項の「土地の価格が……著しく騰貴した」かどうかは、被収用者が同条一項の買受権を行使した時点における時価を基準として判断すべきものである。

権利取得裁決において定められた権利取得の時期(昭和四四年三月一一日)における本件二の土地の価格は六九八万六八二八円(右裁決の定めた補償金額のうち本件二の土地の面積分に相当する額)であると推認されるところ、被告が代金を供託して買受権を行使した時期(昭和六二年五月二二日)におけるその価格は前記のとおり三八三五万一〇〇〇円であって、この間にその価格は約五・五倍に騰貴しているから、土地収用法一〇六条三項にいう「土地の価格が……著しく騰貴したとき」に該当するものと解される。

五  増額されるべき買受価格

土地収用法一〇六条三項により増額されるべき代金額は、買受権者が買受の申出をし、かつ補償金に相当する金額を提供した時点における時価(所有権の完全な行使を妨げる法律上、事実上の制約が全くないとしたときの所有権価格で土地収用法七一条の「相当な価格」と同じもの)であると解される。

原告は、増額されるべき代金額は、本件訴訟の弁論終結時点における価格であると主張する。しかしながら、土地収用法一〇六条一項によると、買受権の行使は、買受権者が買受けの申出をし、かつ補価金に相当する金額を提供することによりなされ、この時点で売買の効果も生じるものと解されるから、「著しく騰貴した」かの判断時点、増額されるべき金額の判断時点は共に、この買受権が行使された時点というべきである。もっとも、この時点以降に土地の価格の騰貴があったときは、買受人に利益が生じるが、これは売買の効果が生じる以上当然のことであるし、逆に右時点以降に土地価格の下落があったときでもそれは買受代金の判断や買受による売買の効力に影響を及ぼすべきものではない。また、増額請求が訴えによるべきものとされていることから、価格の判断時点を弁論終結時点とする結論を導き出すことのできないことは、土地収用法一三三条の訴訟の例を見ても明らかである。この増額訴訟については、借地法一二条、借家法七条におけるような差額についての利息支払義務の規定の存しないことは、前記解釈を動かすものではない。

被告は、増額を許すとしても時価の五割に相当する額を超えては許されるべきではないとか、騰貴が著しいに当らない程度の額にまでしか増額請求できないと主張する。しかしながら、土地収用法一〇六条その他を検討してもそのように解する根拠はない。被収用者は権利取得裁決により、その基準時では、近傍において被収用者と同等の代替地を取得することを得る金額(土地収用法七一条、最高裁昭和四六年(オ)第一四六号同四八年一〇月一八日第一小法廷判決・民集二七巻九号一二一〇頁)の補償を受けているのであるから、被収用者が買受けを希望する場合には、買受け時点におけるその土地の公正な時価の支払をすべきものとなっても、被収用者(買受希望者)に不当な不利益を課すこととなるものではない。また、収用土地が事業の用に供されず、結果的には事業の将来見通しが誤っていた場合でも増額請求の許されることは、土地収用法一〇六条の規定自体から明らかである。

そうすると、本件二の土地の増額買受代金は、原告が買受の申出をし、かつ補償金に相当する金額を供託した時点における、本件二の土地の時価である三八三五万一〇〇〇円である。

六  結論

以上判断のとおり、原告の請求は増額買受代金三八三五万一〇〇〇円の限度でのみ理由があるからその部分を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 綿引万里子 裁判官 朝日貴浩)

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